宮崎クリスチャンコミュニティ牧師紹介

主任牧師:花岡甲一

宮崎県出身。

三男四女の七人の子宝に恵まれ、元祖イクメンパパと言われています。趣味は、子育て。1992年~2000年まで、茨城県筑西市の下館グローリーチャペルに8年間牧会し、2000年から宮崎クリスチャンコミュニティの主任牧師として働きを始めました。現在25名のメンバーと共に礼拝を捧げています。またJ+PASSION宮崎の代表でもあり、2022年の春に開催予定のラブソナタ宮崎の実行委員長としても動いております。

このほか、命の大切さを子供たちに教える「小さないのちを守る会」の代表、ホームレスの方々の自立支援「NPO法人ほほえみの会」の理事としても活動しております。

献身へのエピソード

19歳の時、勤めていた会社を辞めて、自転車で野宿をしながら日本縦断の旅にでました。
その途中、熊本での出来事が大きな分岐点でした。
野宿しようとしていた駅を追い出されてしまい、泊まる場所がない中、出会ったおばさんたちが「教会へ行きなさい」と。ためらいつつ教会に近づくと、ちょうどドアが開き出てきた女性がふたりでてきて、野宿できる場所がどこかないかと尋ねると、「泊まっていきなさい」と。
しかもその教会のアメリカ人の女性宣教師は、「あなたが来るのを待ってました。あなたのために今日はおいしいご飯がたくさんあるのよ」と!
1泊だけお世話になるつもりが、阿蘇を観光し、教会の手伝いをし、信者さんのお引越しの手伝いをし、4日目。いい加減に帰ろうと思ったところ、誘われたのが『塩狩峠』の映画会。愛する人を残して命を投げ出す主人公の生き方に惹かれました。

その後、旅は四国へ。
話し相手もいない一人旅。暇な夜にラジオをつけると「神の国と神の義をまず求めなさい」―FEBCの放送でした。実は、熊本で出会った宣教師の先生も同じ言葉を・・・。これによって、この言葉は、不思議と心に深く刻み込まれました。

その後、名古屋で仕事をしていた先生は、人間関係や恋愛のことに悩むようになりました。
その時に思い出したのは、イエス・キリストのことをまるで恋人のように、「祈ったら答えてくれる」と話していたあの宣教師のこと。
「あの先生は、この問題にどう答えるのだろう」・・・会社を休んで、熊本を訪ね、そこで、十字架、そして人間の罪について話を聞き、家の近くの教会に通うように。

「神の国と神の義をまず求めなさい」
人生のなかに、この言葉がかたく据えられた先生は、ご自分をいつも待っておられるイエス様にこたえて、献身の決意をしました。

聖書学園1992年卒業。

好きな聖書箇所

マタイの福音書6章33節

だから、神の国とその儀とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。

副主任牧師:花岡聖子

大阪生まれの大阪育ち。

実家はそろばん塾で、クリスチャンの家族のもとに生まれ育ち、中学1年生の時に受洗。趣味は旅行。7人の子供たちの肝っ玉母ちゃん。1995年から一年間、愛知県の一宮市の一宮教会で伝道師として働き、1996年に結婚。下館グローリーチャペルの副牧師として奉仕しました。現在は、宮崎に移住し、宮崎クリスチャンコミュニティの副牧師として働いています。教会学校アイビックの主任。子供たちの通う小学校の読み聞かせのボランティアを続けて18年目。小さないのちを守る会の副代表としても活動しています。

献身のエピソード

洗礼を受ける前から、イエス様を信じており、教会学校は皆勤賞。しかし、絶対に献身はしないと決めていました。
ところが中学生になったある日、幼いとき、お店でラムネを盗ったことを急に神様に思い出させられ、自分が隠し続けてきた罪について語りかけられました。
そこから自分というものに向かい合う中で、神様の恵みの御座に導かれ、そして中学1年生の夏休みには「献身したい」と思うようになったのです。
その祈りに神様はお答えくださり、社会人4年目に献身の道が開かれていきました。

聖書学園1995年卒業。

好きな聖書箇所

ピリピ人への手紙第4章4節~7節

いつも主にあって喜びなさい。もう一度いいます。喜びなさい。あなた方の寛容な心がすべての人に知られるようにしなさい。主は近いのです。何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。そうすれば、すべての理解を超えた神の平安が、あなた方の心と思いをキリストイエスにあって守ってくれます。